黒体放射問題、光電効果、原子モデルの矛盾と、従来の古典力学では説明できない現象が存在することが分かった。
これまでの理論では説明できない現象が存在するという事実、それ自体は物理学にとっては決して珍しいことではない。常に前提となる理論に修正を加え、今の物理学があるからだ。
ゆえに、今回もまた、エネルギー量子化説といった、古典力学に新たな前提を加えて説明しようとする試みがなされた。
ただ、これまでと大きく異なるのは、矛盾を解決するためには単に古典力学に修正を加えるだけでは不十分であり、古典力学の根本的な見直しが必要であったということである。
本記事では、前期量子論に始まった量子力学の夜明けをいよいよ見ていくことにする。
前期量子論
古典力学に基づいた、近代的な原子モデルであるラザフォードモデルには矛盾が存在していた。これを解決するために、ボーア(Bohr)はある仮説を立てた。ボーアの仮説は、電子が原子核の周りを円運動しているとき、電子の軌道半径が量子化されており、特定の軌道にしか存在できない、というものである。
つまり、ある束縛を考え、それを満たしているときは電磁波を放出しないとした。
ボーアの量子条件
電子が存在できる軌道は、電子質量$m$,電子速度$v$,軌道半径$r$,量子数$n=1,2,3,⋯$を用いて
\begin{align}
mvr&=\frac{nh}{2\pi}
\end{align}
に限定される。
というものだ。
高校の授業でおなじみのこの条件であるが、なぜこのような条件が導かれるのか、ということを疑問に感じた方も多いだろう。
実際のボーアの考えに即しているか否かは保留し、イメージを伝える。そのためにはド・ブロイによる物質波について先に扱ったほうが簡明であるから、そちらを先に説明する。
ド・ブロイ波
光が波動性だけでなく粒子性をもっていたように、物質も粒子性だけでなく波動性をもつ。この物質波の波長$\lambda$は
\begin{align}
\lambda &=\frac{h}{p}\quad (\text{プランク定数}h,\ 運動量p)\end{align}
で与えられる。
というものだ。これがどのようにして導かれるのか、というのもかなり難しいが、一旦そういうものだと思って保留していただきたい。1
これをもとにボーアの量子条件を考察してみる。まず考えるべきは波の強め合いの条件で、電子を波として捉えると、2波長の整数倍が軌道の円周と一致すると波が強め合って局在化できそうだ、ということを考える。つまり、電子の軌道半径$r$に対して円周$2\pi r$が波長$\lambda$の整数倍になるとき、波は円周上で強め合い存在できると仮定する。

定式化すると、整数\(n\)を用いて$n\lambda=2\pi r$となる。ド・ブロイの物質波の考えを借りて運動量を速度$v$\footnote{運動量も速度もベクトル表記するのが最善だが、今回は簡単のためにスカラ―としている。}によって$p=mv$とすれば、
\begin{align}
n\lambda &=n\frac{h}{mv}=2\pi r \quad \therefore\quad mvr=\frac{nh}{2\pi}
\end{align}
となって確かにボーアの量子条件が導かれる。この量子条件を水素原子モデルに適用すると量子化された半径とエネルギーが求まる。高校の授業でおなじみの計算だ。あくまで前期量子論による計算であり、本質ではないため詳細は割愛するが、ボーアの量子条件を用いることで水素原子のスペクトル線を説明できる。
シュテルン・ゲルラッハの実験
原子モデルの話では、エネルギーが連続ではなく、量子化されていることをみた。ではエネルギー以外にも量子化されているものは存在するのだろうか。
実はエネルギーに限らず、多くの量が量子化されていることが知られている。例えば、角運動量やスピンなどである。これらの量は古典力学では連続的に変化するものと考えられていたが、実際には量子化されており、離散的な値しかとらない。
この事実を示した有名な実験としてシュテルン・ゲルラッハ(Stern-Gerlach)の実験というものがある。
シュテルン・ゲルラッハの実験
銀原子ビームを発射して不均一磁場中を通過させると、スクリーン上には2つに分裂した銀原子の軌跡が現れる。

量子論の提唱以前から、物質の持つ磁性は原子を構成する電子の回転、すなわちスピンによるものだと考えられていた。要するに電子の自転によって原子が磁石のような振る舞いをするということである。シュテルン・ゲルラッハの実験では、銀原子の偏向によって銀原子を構成している電子のスピンの様子を調べようとした。
ここで、電子の性質を調べるためにわざわざ銀原子を用いるという回りくどさに疑問を感じる方もいるかもしれない。確かに、電子を発射してその偏向を見ればそれで十分に感じられる。
電子そのものを用いない理由、当時は電子を発射する装置なんてなかったから、というのもあるが、実はそれ以上に根本的な理由がある。
電子は当然電荷をもっているから電荷$e$,速度$\bm{v}$をもつ電子が磁場$\bm{B}$の空間にあるとき
\begin{align}
\bm{f}&=e\bm{v}\times \bm{B}
\end{align}
で表されるローレンツ力がはたらいてしまう。スピンによる電子の磁化によって電子が受ける力に比べて、ローレンツ力は非常に大きい。よって、電子単体を用いて実験を行うとスピンによる影響を調べることが困難になってしまう。
つまり銀原子を用いることで間接的に電子のスピンの性質を突き止めようとしたわけだが、数ある原子の中で銀原子を用いたことにも、歴とした理由がある。
銀原子は47個の電子と陽子を持っているから、当然原子全体で電荷は打ち消されてローレンツ力の影響は受けない。そして電子はそれぞれスピン角運動量という量をもっているが、47個中閉殻中の46個どうしで打ち消されてしまうから、結局銀原子の振る舞いに影響を及ぼすのは最外殻電子1つのみになる。単純に47個すべての電子を考えると、各々が打ち消し合って平均化され全体への影響が見えにくくなってしまうが、銀原子ではそれを避けることができる。
このように、シュテルン・ゲルラッハの実験でわざわざ銀原子を用いたのには理由があり、非常に“巧い”実験といえる。物理学の世界では、理論が花形とされるように感じるが、理論を実証するために巧い実験を考え、実行するというのもまた面白いのではなかろうか。
さて、話を戻そう。電磁気学を学んでいない方にとってはやや天下り的ではあるが、原子は磁石のように振る舞うわけだから、原子のもつ磁気の強さと方向を表す磁気モーメント$\bm{\mu}$を考えることができる。そして、$\bm{\mu}$は電子のスピンの程度を表すスピン角運動量$\bm{S}$に比例する。この原子が不均一磁場$\bm{B}$の空間におかれると
\begin{align}
\bm{f}&=\bm{\nabla}(\bm{\mu}\cdot\bm{B})
\end{align}
という力を受ける。3
この式を見ると、磁場が均一な場合$\bm{\nabla} \bm{B}$が$\bm{0}$となってしまい力がはたらかなくなってしまうことがわかる。そのため、シュテルン・ゲルラッハの実験においては不均一磁場を使用している。ここでも実験の巧妙さがうかがえるわけだ。
さて、ここまでくればあとは簡単で、この力を受けて偏向した銀原子の軌跡を考えれば電子のもつスピンの性質がどのようなものか検討できる。そして、古典論の場合で実験結果を予測して実際の結果と比較すればいい。
古典論の場合どうなるか、実際に予測してみよう。電子が古典論的なもの、つまり$\bm{S}$が離散的でなく連続的に変化していくとしたならば、それに比例する$\bm{\mu}$も連続的に変化して、それに応じて受ける力$\bm{f}$もいろいろ変化するはずである。
つまり、銀原子の軌跡は連続的に変化するはずであり、スクリーン上には分裂せずに連続的な軌跡が現れるはずである。

しかし、実際の実験結果は古典論の予測とは異なり、銀原子の軌跡は2方向に分裂した。これは何を指し示すのだろうか。
軌道が2方向に分裂したということは、原子に加わる力が常に2通りしかないということであり、$\bm{\mu}$も2通りと考えられる。つまりスピン角運動量$\bm{S}$の取り方も2通りしかないということだ。
シュテルン・ゲルラッハの実験からわかること
電子のもつスピン角運動量$\bm{S}$は量子化されており、測定結果として2通りしかとらないことがわかる。なお、この2通りを各々upスピン、downスピンと呼び、$z$方向について
\begin{align}S_z&=\frac{\hbar}{2}\quad \text{(upスピン),}\quad S_z=-\frac{\hbar}{2}\quad \text{(downスピン)}\end{align}
と表現される。
さて、ここまでスピンという言葉を用いてきたが、勘違いのないように一応補足しておく。電子がスピンを持っているからといって電子が自転しているというわけではないということに注意が必要だ。電子は非常に小さい粒子であり、4自転速度を考えると光速を超えてしまい相対論に反してしまう。また、測定結果が2通りなだけであって、スピンの状態は重ね合わせによって無数に考えられる。数学的には測定結果は固有値で、状態は固有ベクトルに対応している。この話題については、行列力学を学んだ後だとわかりやすいかもしれない。
このような、自転していないのにもかかわらずスピン角運動量が存在しているという電子描像こそ、量子力学を古典力学では記述できない卑近な例とも言えよう。
さて、ここまで古典論的には連続的と思われていた多くの量が実は離散的であることを述べたが、さらに古典論の破綻と量子論の妥当性を示す例としてベルの不等式の破れを実験的に示したアスペ(Aspect)の実験がある。この不等式と実験は、ここまでで扱った実験事実以上に量子力学の本質を示すものであり、同時に古典力学の破綻を示すものである。別途記事にする予定であるので、ぜひそちらも読んでいただきたい。
- 一応特殊相対性理論による$\text{静止エネルギー}E=mc^2$より運動量$p=mc=E/c$で、$E=h\nu=hc/\lambda$を用いると形式的に$p=h/\lambda$となってド・ブロイ波の形になる。 ↩︎
- いきなり「電子は波である」という量子力学的解釈を導入している。歴史的には誤りだが、このほうが理解が容易であると考える。 ↩︎
- $\bm{\nabla}$は勾配を表す演算子ベクトルで成分表示すると$(\partial/\partial x, \partial/\partial y, \partial/\partial z )$となる。 ↩︎
- 現代の素粒子物理学では、電子は質点として扱われることが多い。もちろん超弦理論のように次元構造をもつものと考える場合もある。 ↩︎

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