古典力学の矛盾

量子力学
量子力学

 現代的な量子力学の教科書の中には、公理的に導入していくものもあるが、本記事ではあえて古典力学の矛盾という形で、あえて従来通りその歴史から入ろう。というのも、先人が量子力学を導入するにあたって、どのような困難に直面してきたかを知ることは、物理学のあり方を探るという意味でも重要であると信じるからだ。

 この古典力学の矛盾、というのは力学や電磁気学、熱力学といった私たちが高校で勉強するような物理学が実は破綻していた、ということを意味する。つまり、古典力学では説明できない現象が存在する、ということだ。

 その卑近な例として、黒体放射問題について触れ、古典力学の破綻を説明していく。

この記事を書いた人
和χ

わカイと申します。学問とエチゲが好き。自認は間宮卓司です。東大でD進して量子情報の研究したい。

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黒体放射問題

 黒体というのは理想的な物体のことであり、あらゆる波長の光を吸収する性質をもっている。通常我々は物体で乱反射した光を網膜で捉え、その波長を色として認識している。つまり、あらゆる波長を吸収してしまう、つまり反射が生じない物体は完全な黒として認識される。この黒体のエネルギー放射に関する問題が黒体問題である。

黒体放射のモデル図。エネルギーが光として放出され、光の波長に応じた色として我々に認識される。

この黒体放射問題について、従来の古典論から導いた古典統計力学からエネルギー密度がすでに求められており、レイリー・ジーンズ(Rayleigh–Jeans)の法則という。これによると、振動数が$\nu$から$\nu+d\nu$の間にあるは、以下で与えられる。

レイリー・ジーンズの法則

\begin{align}
u(\nu,T)&=\frac{8\pi \nu^2kT}{c^3}\quad \text{振動数 }\nu, ~\text{ボルツマン定数}k,~\text{絶対温度}T,~\text{光速}c
\end{align}

また、経験的にウィーン(Wien)が与えた式も存在しており、以下のようである。

ウィーンの法則

\begin{align}
u(\nu,T)&=\frac{8 \pi h\nu^3}{c^3}{e^{-\frac{h\nu}{kT}}}\quad h\text{:プランク定数}\end{align}

 レイリー・ジーンズの式は低周波数帯でウィーンの式は高周波数帯で実験結果と一致していたが、中間の周波数帯では一致しない問題があった。全周波数帯を正確に表現する方式はなかなか見つからず、黒体放射問題として長らく議論されてきた。

 この黒体放射問題の解決は、様々な議論を経てプランク(Planck)によって成される。このプランクによる黒体放射のスペクトルの導出は、エネルギー量子仮説に基づくものであり、量子力学の萌芽であった。

エネルギー量子仮説

 黒体放射のスペクトル(一般にスペクトルとはある現象を構成要素ごとに分解したものを指す。今回の場合は黒体から放射される光の周波数(あるいは波長)とエネルギーの関係)について、ドイツの物理学者マックス・プランク(Max Planck)は実験事実とよく一致するある式を発表した。それは

プランクの法則

黒体放射のスペクトルにおけるエネルギー密度は、
\begin{align}
u(\nu,T)&=\frac{8 \pi h\nu^3}{c^3}\cdot \frac{1}{e^{\frac{h\nu}{kT}}-1}\end{align}
で与えられる。

というもので実験事実とよく一致していた。この式に注目すると、レイリー・ジーンズとウィーンの式に似ている事がわかるが、実際、$e^{\frac{h\nu}{kT}}$というのは一次近似を用いることで$\nu$が十分小さいとき

\begin{align}
e^{\frac{h\nu}{kT}}&\approx 1+\frac{h\nu}{kT}
\end{align}

となり、プランクの式に代入することでレイリー・ジーンズの式と一致することがわかる。逆に、$\nu$が十分大きいときは

\begin{align}
\frac{1}{e^{\frac{h\nu}{kT}}-1} &\approx e^{-\frac{h\nu}{kT}}
\end{align}

となり、同様にプランクの式へ代入することでウィーンの式と一致する。特定の周波数領域においてはレイリー・ジーンズとウィーンの式は近似的に正しいことが分かる。

 いきなり登場したプランクの法則だが、これを導くためには古典論にはないある仮説を立てる必要があった。それがまさしくエネルギー量子仮説である。

 量子化という言葉に聞き慣れない読者もいると思うが、簡単に言うと不連続ということである。高校までの物理(古典力学)においてはエネルギーは連続的であるとされていたが、ミクロな系ではエネルギーは量子化されていて離散的な値をとるのではないか、という仮説がエネルギー量子仮説である。

 プランクは実際にエネルギーが$E=nh\nu\quad (n=0,1,2,3,⋯)$で束縛されていると考えた。実際の導出は統計力学を用いることで行えるが、本記事では割愛する。

 このエネルギー量子仮説であるが、プランク自身はエネルギー量子仮説を単なる数学的操作程度に認識しており、実際にエネルギーが量子化されることに対しては懐疑的(古典電磁気学においては「光は電磁波」といわれるが、量子論の立場にたてば「電磁場は光子の集まり」といえる。エネルギー量子仮説での量子化されたエネルギーが、実は光子1つのエネルギーに対応している)だったと言われている。プランクはその後も古典力学の観点から量子的な現象を説明しようと試みたが失敗している。とはいえ、黒体放射の式を正確に導いた貢献は大きく、プランクの立場がどうであれエネルギー量子仮説はその後前期量子論に繋がり、量子力学創設の萌芽であったことは紛れもない事実といえよう。

光電効果と光量子説

 黒体問題に続いて、古典力学の破綻、特に古典的波動論の破綻を象徴する有名な現象として光電効果がある。高校で学んだ方も多いだろうが、あらためて触れておこう。

 光が粒子であるか波動であるかはニュートンの時代からずっと議論され続けていたが、かの有名なヤング(Young)の実験によって光は波動であると広く認知されていった。具体的には、光源から出た光を二重のスリットを通してその様子をスクリーンに投影して確かめた。

 ヤングの干渉実験ではスクリーンに干渉縞と呼ばれる縞模様が表れた。縞模様ができるということは光が強め合ったり弱め合ったりしているということで、これは波動由来の現象といえ、光が波動であることを示す有力な証拠となった。

 ヤングの実験以後、光は波動であり、粒子でないと信じられてきた。しかし、光電効果によってその考えが破綻した。光電効果とは光を金属に当てたときに電子が飛び出す現象で、光を波動として捉えた場合波動によるエネルギーは振幅の2乗に比例するから、高強度の光を当てれば光の振動数に関わらず電子が放出されるはずであった。しかし、光のエネルギーは振動数に依存しており、ある振動数1以下の場合、強度をいくら上げても電子が放出されることはなかった。

光電効果の図。$p$は光子、$e$は電子を示す。$W$は仕事関数と呼ばれ電子が励起するのに必要な最小エネルギーである。$E=h\nu$をもつ光子が金属に衝突し$E’=h\nu-W$をもつ電子が金属から励起、放出される。

 この事実に対してかのアインシュタイン(Einstein)は非常に大胆な仮説を立てる。それが御存知の通り

光量子説

光は粒子として働き、光のエネルギーは
\begin{align}h\nu &= \frac{hc}{\lambda}\quad (\text{プランク}定数h, 振動数\nu,光速c,波長\lambda)\end{align}
で与えられる。

というものである。これなら光電効果を説明できる。

   つまり光が粒子性を持つというわけだが、とはいってもやはりヤングの実験のように光が波動性を持つこともまた確かな事実である。

   結局、光は粒子性と波動性を両方持つ、と結論付けられたが、我々の想像では粒子と波というのは異なる概念であり、その両立は直感的に理解しがたい。

   ここで重要なのは、光電効果のように単一の測定に対しては粒子性が現れ、ヤングの実験のように複数の測定に対しては波動性が現れるということだ。1つの光子だけに注目すれば、1つなのだから当然粒子として振る舞うが、たくさん集まると統計的に波のように振る舞うということであり、実際に粒になったり波になったりしているわけではない。

   この粒子性と波動性の両立は、古典論的な言葉ではいささか説明しにくく、直感に反する、と言われることもある。2しかし、古典力学は量子力学の極限で与えられるため、私の考えでは、量子力学を公理として認めてしまえばむしろ違和感なく古典力学を説明できる。3

 この光量子仮説はド・ブロイ(de-Broglie)のド・ブロイ波に繋がり、本格的に量子力学が導入されていくことになる。

原子モデルの矛盾と変遷

原子モデルについても考えてみよう。様々な本、特に中学や高校の教科書では原子核の周りを電子がまわってる、という所謂ラザフォード(Rutherford)モデルが紹介されている。

ラザフォードモデル。$AN$は原子核(Atomic Nucleus)、$e$は電子を示す。実際の原子においては原子核は図以上に原子に対して非常に小さく、原子はスカスカである。

  上図がラザフォードモデルであるが、このモデルが提唱されたのは1911年と比較的最近であり、このモデルに至るまで、J.J.トムソン(Thomson)によるぶどうパンモデル、長岡半太郎による土星型原子モデル等、様々な変遷を辿っている。

左がJ.Jトムソンによるモデル。このモデルだとラザフォードによる実験の結果をうまく説明できない。右は長岡半太郎によるモデル。ラザフォードモデルに近い。

 しかし、ラザフォードモデルにはある矛盾が生じており、現代の量子力学ではラザフォードモデルは正しくないとされている。

 電磁気学によると加速度をもつ電子は電磁波を発生させる。4ラザフォードモデルでは電子は原子核の周りを円運動しているわけだが、円運動も加速度運動の一つなのだから当然電磁波を発生させる。電磁波は波であるからなんらかのエネルギーをもつ。つまり、エネルギーをもつ電磁波を電子が回転しながら放出するとするならば、電子そのもののもつエネルギーは減少していくことになる。エネルギーが減少すれば電子の円運動の半径も小さくなり、最終的には原子核に落ちてしまう。つまり、ラザフォードモデルでは安定した原子構造を説明できない。

 ラザフォードモデルには致命的な欠陥があることが分かった。この矛盾を解決するために、ボーア(Bohr)によるある仮説が唱えられ、いよいよ本格的に量子力学の導入が始まることになるが、その詳細については次回に譲ることにする。

  1. この閾値振動数を限界振動数$\nu_0$、このときの波長を限界波長$\lambda_0$と呼ぶ ↩︎
  2. 量子力学の導入は、本記事のように歴史的背景を踏まえて進行していくものと、完成された理論体系を数学を通じて論じていくものがある。初学者には前者のほうがとっつきやすいが、得てして量子力学の本質を見失ってしまいがちだから後者のような本も併せて読むことが推奨される ↩︎
  3. このような、量子力学を用いて古典力学、主に熱力学を説明しようという試みを(量子)統計力学という。統計力学を学ぶことで量子力学の妥当性と古典力学がマクロな系において如何に優れた理論であるかを見ることができる ↩︎
  4. 数多くの量子論の教科書でこの事実は端的に扱われているが、電磁波は電磁気学の最後の関門であり、この事実をしっかりと理解するのは意外と大変である。電磁波はマクスウェル(Maxwell)方程式から導かれる電磁場の過渡現象だが詳細は割愛する ↩︎

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