俺は…俺は生き延びてみせる。この世界で!
喜:★★★☆☆(なんだかんだキリト君がなんとかしてくれる)
怒:★★☆☆☆(たまに胸糞キャラあり)
哀:★★★★☆(アインクラッドとマザーズロザリオが特にえぐい)
楽:★★★☆☆(戦闘がかっこいいね。中二心をくすぐる)
思い出:★★★★★★★★★★★★★★★(←圧倒的思い出補正)
いつもは感想やレビューを淡々と述べていますが、今回ばかりは私の主観マシマシで、「私にとっての人生」ともいえるSAOについて語っていきたいと思います。
SAOは数あるアニメ・ライトノベルの中でも、私の人生を大きく決定づけた作品といっても過言ではないので、非常に拙い文章ではありますが、私のSAOへの想いを少しでも感じて頂けたらと思います。(「最後に」だけでも読んでほしい)
魅力
SAOは有名すぎて、今更私が魅力を伝えるべくもないとは思いますが、一応掲載しておきます。
「フルダイブ技術」という新奇性
いまでこそVRやAR、ひいてはフルダイブ技術というものは世間に広く受け入れられるようになり、ARに関してはメタバーストして様々な企業が参入する領域となりました。
とはいえ、ソードアートオンラインが刊行された2009年当初は、今現在ほどVRというものは浸透していなかったように思います。
実際、私がVRというものを知り、生涯をかけてその設計に携わろうと思えたのはSAOの存在が非常に大きいというのは事実です。
SAOは、VRやAR,ひいてはフルダイブ技術という新奇的なものに初めて焦点を当てたライトノベルであり、かつ多くのオタクにフルダイブ技術の可能性を魅せてくれた作品なのではないでしょうか。
現実世界とリンクする仮想世界
今でこそかなり一般的にはなっていますが、異世界転生ものというのも当時としては新奇性のあるものであったかと思います。
そんな今現在も人気な異世界転生ものが台頭する中、SAOがこれほどの人気を博したのはいったいなぜなのでしょうか。
私はその要因を現実とリンクされた仮想世界というソードアートオンラインの根幹に求めたいと思います。
異世界転生ものはファンタジーの色が濃く、「こんな世界に行ってみたい!」を体現したものであると思います。
それゆえ、確かに先述したように新奇性やワクワク感というものは非常にあります。
しかし、それと同時に異世界転生などという現実としてほぼ起こりえないことに対して、我々読者は総じて他人行儀になってしまうというのもまた事実だと感じます。
他方ソードアートオンラインは、フルダイブ技術という今現在は実現していなくとも、遠くない未来に実現しうる技術を用いて仮想世界を創造しています。
異世界転生ものと異なり、現実感があるだけでなく、主体があくまで現実世界にあるため登場人物に感情移入しやすく、ひいては多くのものに「絶対にフルダイブ技術を創るぞ!」という強い意志をも持たせてくれる、大人気作品となったのだと思います。
中二心をくすぐる主人公の設定
私は自分を「一生中二病」と自称します。
同様に、たとえ年齢的には中学生をとうに超している方であっても、一生中二心、いうなれば憧れを追究する若人の志を持った方というのは多いのではないでしょうか。
SAOの主人公であるキリト、桐ヶ谷和人はSAO開始時14歳です。
この年齢はいわゆる「中二」に相当する年齢ですし、視聴者層も中高生が多いのではないでしょうか。
それゆえ、SAOを視聴した誰も彼もが仮想世界で生き抜く彼に自己を投影したのではないでしょうか。
私自身は小学校の頃にSAOを観ましたが、完全に中二病が発動し、ゲームの世界で無双する自分の姿を恥ずかしながらも夢想していました。
現実世界では(いうなれば)冴えない主人公が、仮想世界でその腕一つで無双するその姿は、VRという現実に即した設定も相まって、多くの視聴者の中二心をくすぐり、感情移入させたものと愚考します。
アスナという圧倒的正妻
アニメやライトノベルには数々の女性キャラクターが登場するのは常です。
それゆえ、時にはハーレム展開となることも多々あります。
しかし、殊SAOに関しては、アスナの正妻っぷりというか安定感というか…..
ともかく、キリトに思いを寄せるヒロインが複数登場する中で、「キリトにとっての一番」であり続けるのがアスナなのです。
特にアインクラッドでは、その正妻っぷりが遺憾なく発揮されているように思います。
自らの青春と命のかかったソードアートオンラインの世界をともに生き抜いたからこそ生まれた、二人だけの絆なのだと思います。
私にとってのソードアートオンライン
ここからは、客観的意見とかどうでもよくなるくらい、「私にとってのソードアートオンライン」について、飽くまで語りつくそうと思います。
SAOは私の青春
ほんとにこの一言に尽きます。
SAOのアニメが放送されていた当時、私はまだ小学生でした。
そんな折、SAOに触れ、「こんなに美しい世界があるんだ」と感嘆したことを今でも昨日のことのように思い出します。
小中期の未熟で向こう見ずな思想も相まって、「SAOが実現されたら、その腕ひとつでキリトのように仮想世界で無双してみせる」と常に夢想していました。(お恥ずかしい限りです)
そして、SAOを機に一気にアニメにはまり、バーチャルリアリティーやフルダイブ技術にも強い関心を持ちました。
そしていつしか、大学に入ったら必ずVRを研究し、いつしか自分自身の手でフルダイブ技術、ひいてはSAOの世界を創造するのだと決心しました。
SAOに惹かれ、夢想した日々、そして、それを実現すべく勉学に勤しんだ日々は、私のちっぽけな、けれどかけがえのない青春そのものなのです。
SAOは私の「人生の目標」
皆さんの人生の目標は何ですが?
「目標なんてなくても、今日を精一杯生きられることが喜び」
そういう方もおられるかもしれません。
それでも、ちっぽけでもいいから目標が何かあったほうが、人生をよりよく生きられるように思います。
そんな人生の目標が、私はSAO、具体的にはフルダイブ技術を実現させて、SAOのような壮大で美しい仮想世界を創造することになりました。
私は今大学で電子・情報工学を専攻しています。(とはいえまだしがない学士1年ではありますが)
かつて夢想していたSAOの世界を、自分の手で創造しようと励んでいます。
まだまだ至らぬことばかりで、目の前の課題に追われる日々ではありますが、いつか必ず実現させてみせます。
SAOに魅入られた一人の青年が、自らの青春と人生を捧げてSAOを実現する、これってちょっと「主人公」っぽくないですか?
とにかく、アインクラッドが好きなんだ
数あるSAOの章のなかで、どれが一番好きと問われれば私はもちろん「アインクラッド!」と即答します。
たしかに、物語の規模の大きさという点ではアリシゼーションには敵いませんし、迫力という点ではオーディナルスケールに軍配が上がるでしょう。
それでもなお私はアインクラッドが一番好きです。
なにしろ、思い出補正もありますし、それに「フルダイブ技術」という新奇性と「人間ドラマ」という切なさと喜び、そしてなによりあの美しい世界の衝撃は、他の追随を許さぬものと私は考えます。
今見ると確かにちょっと古臭いけれど、それすらもノスタルジックな気分を味わわせてくれるものと思います。
数多くの人の夢と人生が始まった、アインクラッドを、私は大切にしていきたいと、切に思うのです。
最後に
SAOは私の青春です。
同様に、あの世界で生きたキリトにとってもおそらく青春でしょう。
そして、SAOの中で最後まで生きようと足掻いたすべての人にとっては、SAOとは人生でもあるでしょう。
「この世界で生きていく」という思いの結晶と、生きることができなかった悔しさの残滓が、SAOという世界を彩っているのだと思います。
そしてそんな思いをキリトがまた運んで行ってくれるのだと、私は信じてみたいのです。
あの美しくも残酷な世界を生きた、数多の人をわたしは忘れません。
私事ではありますが、幼少期の私を形作った「青春」というべきSAOは、いつしか私の人生の目標になりました。
いつか自分がSAOを実現させてやろうと、人生をかけた目標が見つかりました。
そして、その暁には、いつか自分が実現したSAOで、誰かの青春を形作れたらと夢想してなりません。
私の「青春」だったSAOがやがて「人生の目標」となり、ついには「人生」となって、いつしか誰かの「青春」を形作れたら、それってちょっぴり素敵なことだと思うのです。
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