まずは、きっとこの記事が現実から恐ろしく乖離した、筆者の被害妄想と偏見に塗れたものになるであろうことを謝罪したい。
そして、何より、ここでの文言の全ては、あくまで筆者のヒトリゴトに過ぎず、集団を代表する意図は全くもってないということを、予めご了承いただきたい。
冗長にも思える注意喚起を終えたことだし、早速本題に入ろう。
工学部だってかっこいいよ!
理学部と工学部

理系(もはや文理で分けること自体が時代錯誤的かもしれないが)の学部というと、医学部、理学部、工学部に大別されるように思われる。医学部は特殊であるから除くとすると、理学部と工学部が理系の進路選択として挙がってくる訳だ。
理学部と工学部を比較したとき、これに関しては私の思い込みではなく一般通念だと信じたいが、理学部は学問(主に自然科学)の本質的な探求、工学部は理学を道具としたものづくり、という側面が大きい。
そして、そこから浮き彫りになるのは、学問への真摯さという面での、工学部の理学部に対する劣等感である。
理学部はなんとなくかっこいい

「隣の芝生は青い」というように、これは私が工学部の人間だからだと思うが、理学部はなんとなくかっこいい。
「なぜかっこいいのか」と問われても、「学問に真剣そう」という、かなり漠然とした、解像度の低い回答しか現状用意できないのだが、兎にも角にも、私は理学部に、時折「学問の探求者」としての犯し難い高潔さを覚えるのである。
私は理学と理学部の人々を大いに尊敬している。
ゆえに、「理学部からどう思われているのか」というのが、どうしても気になってしまうのである。
工学部とはなんなの⁉️🔍

理学部は工学部のことをどう思っているのだろうか。
工学部の私とその友人の偏見めいた物見からすると、理学部は、工学部を
・工学部の勉強はお遊び
・工学は理学より低級だしなんなら理学の出し殻
・金になるだけの学問
・工学はジアゲン向けの丸暗記非本質学問
・というかそももそも学問ではない
と思っていそうなのである。
偏見にまみれた思想ではあるが、実際工学部は理学部のようなゼミ文化はないし、授業としても1つを極めるというより色々触れて道具を増やすという雰囲気だし、傾向としてはおよそ正しいのではないだろうか。(もちろん、学部ではなく大学そのものの気風に左右されうる話ではあるし、工学部の人間にも理学部なみに探求している者は存在するだろうが)
ちなみに、理学部の友人に「工学部のことをどう思っているか」と問うたところ、立ちどころに「工学部は陽キャの集まりだから尊敬している」と返答があった。
私みたいな陽伽羅じゃない工学部はやはり軽んじられているのか……
閑話休題、理学部の方々は、工学部のことをどう思っていますか?
工学部だってかっこいいよ!

ここまで、理学部上げ、工学部下げみたいなことをしてきたが、私は理学に憧れることが多々ありつつも、工学が好きだし、工学部に在籍していることを後悔したことはない。
だからこそ、もし理学部と工学部で迷っている人がいるならば、工学部をぜひ検討していただきたい。
工学部が理学部に比べて秀でた点を挙げようとすると、多くの人と媒体が「就職」という一点張りだが、私はそういう論調は嫌いだし、不誠実だと思う。
理学が学問一筋で勝負しているのだから、工学の側も、就活とかいう俗的な話ではなく、学問としての面白さで勝負すべきと信じるからである。
さて、工学、ひいては工学部の面白さというと、やはり「程よい具体性」と「道具の操り」なんだと思う。
理学は、自然科学を本質的に探求するけれども、工学はそれを利用して人間が扱えるようにする。
理学部の人々が、物理や数学の探求によって世界の真髄に迫る、極めて偉大な功績を挙げているのは確かであるが、それをコンピュータや人工知能と言った、人間が扱える具体性の高いものに結びつけているのは工学部の人々だ。
理学は、世界の探求という意味で、時に難解な概念を持ち込むが、工学はむしろ発想が逆で、なるべく簡単な概念で問題を解決しようとする。
何より、道具をうまく駆使して、何か新しいものを作って問題を解決するというのは、工学ならではの面白さなのではないだろうか。(そういう意味では、私のように「受験数学」が好きだった人は、実は理学より工学向きなのかもしれない)
結びに

工学部というと、就職のよさで選ばれがちだけれども、学問として本質的に面白いものなんだということは、ぜひ知ってほしい。
願わくば、私の敬愛する理学部の方々にも、工学部のことをもっと知ってほしい。
文理の統合が叫ばれている世の中であるから、理学部と工学部を厳密に分けようとするのも時代遅れなのかもしれない。(とはいえ、理工学部というのはダサいのでやめてほしいが)
あと、工学部は非本質なレポート減らして学問探求の時間増やしてくれ!
以上!


